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彼女(晒し中)

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戴いたご意見を元に書き直したものを『ピアス』として記事にしています。

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様々なご感想やアドバイス、本当にありがとうございました。


雨の多い月だった。湿気が傷を膿ませるかもしれないと考えながら、私は裁縫針のとがった先端をコンロの火に翳した。その日の私はある使命を持っていた。氷の入ったビニール袋を耳に押し当てている彼女から、彼女の耳に穴をあける仕事を賜っていた。彼女は私の少ない友人のうちの一人で、私は彼女のことがとても好きだった。透明な産毛の生えた耳朶も、後れ毛のほつれた襟足も、長い髪をかきあげる二の腕の白さも好きだった。何事にも彼女自身の中には決まりがあって、彼女の許せない物には絶対に触れようとしなかった。彼女は自ら選んだ物だけに囲まれた世界で生きていて、それを懸命に保って生きていた。私はその魂の高潔さと、頑固さが引き起こす彼女の生き辛さを何よりも愛していた。彼女に許されて近くにおかれているのだということが誇りだった。そして彼女に拒絶されるものたちに優越感を持っていた。

「痛いかしら」

氷の入ったビニル袋を弄びながら彼女が言った。彼女は私のベッドに腰掛けて、壁に背を預けていた。

「どうだろう。冷やしたなら大丈夫じゃない」

私は脱脂綿に消毒液を吹き付けて、彼女の傍に歩いて行った。彼女は私の指の間で光る針を見、前髪の奥で睫毛を揺らした。

「血が出たら嫌だわ」

彼女は血を汚いと思っている。常に体を巡って生かされているものを汚いと思っている。私は自分のもので汚れる想像をして眉をしかめる彼女が一層愛しくなった。お前の体にはその汚いものがたっぷり3リットルも流れているのだということを突きつけてやりたいと思った。そんな事実も知らないでいるような彼女が愚かに見える。神経質な潔癖さは、研ぎ澄まされて美しい。

私がベッドに膝を乗せると、彼女は頭を傾けて美しい耳を私に晒した。冷たい耳殻を摘んで、少し引っ張るようにして固定する。左手で針を持ち上げ、狙いを定めるために彼女の頬骨のあたりに小指の付け根を押しつける。人に触れられるのを嫌がる彼女が、予想に反して大人しく目を閉じたのを見て、私は密かに喜んだ。鼓動が早くなる。浅くなりそうな呼吸を抑えながら、じゃあやるよ、と囁くと、彼女はぼんやりした声で返事をした。

首筋が痛くなるほど心臓が血液を押し出していた。私は手のひらにじっとりと汗をかいて、息を止めたまま、針の先を彼女の耳朶に押しつけた。彼女が息をのむ気配がした。一瞬の弾力に押し返されるような感触のあと、あっけなくぷつりと皮膚が裂け、フエルトを縫い合わせるように針が貫通した。針の径に沿って赤い輪が滲んでいる。そのまま押し込むと、針先は彼女の耳を押さえていた私の右手の人差し指を突いた。痺れるような痛みが甘く感じられた。

私が針を引き抜くと、彼女は脱脂綿を耳朶に押し当てて、詰めていた息を吐き出した。私は傷ついた人差し指を握り込んで隠した。

「ちゃんと通ったの?」

5ミリほど血の跡の掠れた針を見せると、彼女は脱脂綿を開いてみて、ああ、いやだわ、と呟いた。彼女の内側に通じる傷口に、私の血が混ざっていることを教えたら何と言うだろう。私の人差し指を彼女の血を纏った針が突いて、私がそれを喜んでいると気付いたら何と言われるだろう。しかし私は彼女の傍らにひざまづいたまま黙って彼女の唇を見ていた。微かにのぞく唇の内側の粘膜が血の色をして美しかった。

投稿者 u632sp | 返信 (0) | トラックバック (0)

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